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最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)743号 判決 1948年12月27日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人三名辯護人木下清一郎上告趣意第二點及び第三點について。

わが国においては戰時中からでもあったが終戰後特に目立って一般にメチールアルコールその他有毒物を含有する酒類等を飮食用する弊風が盛になってきて失明者や死亡者を續出するに至ったこと、從って一日も早くかような飮食物を厳重に取締る特別の法令を制定しなければならぬ社會状勢に置かれていたことは、顕著の事実であった。そこへ、連合国占領軍総司令部(以下総司令部と略稱する)は一九四五年一二月一八日附有毒飮料の取締に關する覺書を日本政府に交付して、「メチールアルコール」その他毒物を混入せる食料及飮料の販賣取引、かかる食料飮料の製造蒸溜若しくは所有は二千圓以上一萬圓以下の罰金又は三年以上一五年以下の體刑若しくは右罰金刑及び體刑を併科せらるべきことを規定する適切な法令の制定を指令し、更にこの指令に基く法令及び酒精飮料「メチールアルコール」及び其の他毒物の取引並に製造販賣の取締に關する一切の現行日本法令の規定を厳格に施行すべき旨を指令したのである。そこで日本政府は昭和二〇年勅令第五四二號「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ關スル件に基き同二一年勅令第五二號有毒飮食物等取締令を制定公布し同年一月三〇日から施行したのである。ついで故意犯たると過失犯たるとを問わず法定刑の範囲内で處斷する規定を追加制定すべき旨昭和二一年五月二八日総司令部から指令があったので、日本政府は同年六月一八日同令改正に當って、第四條第一項末尾に「過失ニ因リ同條ノ規定ニ違反シタル者亦同ジ」と追加したのである。されば、所論の有毒飮食物等取締令に於ては昭和二一年(上告趣意には昭和二二年とあれども昭和二一年の誤記と認む)六月一八日改正の際過失による行爲をも處罰すると規定しながら過失犯に對する刑罰につき第四條の改正を遺脱した旨の主張は同條改正の趣旨を正解せざるにいでたものであるといわなければならぬ。しかのみならず、かような危險な飮食物を徹底的に取締るということに重點をおく以上は、所論のように、過失による犯行を故意によるものから區別してこれに對しては唯罰金刑を科し得るに止まる規定を定むべきだとする主張はそれを容認することができぬ。辯護人は過失による犯行にも體刑を科し得るとする本令第四條の規定は憲法第一三條に違反するというけれども、個人の生命、自由、權利も社會生活の正しい秩序共同の幸福が保持されない限り所詮それは砂上の樓閣に終るしかないのである。されば憲法第一三條には「公共の福祉に反しない限り」との大きな枠をつけてありまた他方において第三一條においては社會秩序保持のため必要とされる国家の正當な刑罰權の行使を是認しているのである。(昭和二二年(れ)第二〇一號同二三年三月二四日大法廷判決參照)そして本件取締令第一條に違反する行爲が故意によると過失によるとによりその法定刑に區別を設けないことが有毒飮食物から公衆の健康を維持し生命を保全するといういわゆる公共の福祉のために必要であることは前段説明で明らかであるから、本件取締令第四條がこの區別を定めていないからといって憲法第一三條に違反する無効のものだとはいえない。論旨第三點は理由がない。

次に所論の第四條を適用して處斷するにあたって故意による犯行については體刑を科し過失によるものについては罰金刑を科すべきだとの解釋は同條の文詞から容認され得ないばかりでなく、前段説明により明らかな同條に過失による犯行についての規定が追加された趣旨にも反している。そして、個々の事件について過失による犯行について罰金刑と體刑と何れを科するか又併科するかは事実審たる原裁判所の裁量權にのみ屬するところであるから、原審が過失による被告人等の犯行について諸般の事情を考慮參酌して體刑を科したからといって所論のような法令を不當に適用した違法ありとはいえない。論旨第二點もその理由がない。(その他の判決理由は省略する。)

よって刑訴法第四四六條により主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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